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気ままな生活

映画、音楽、読書、美術、旅行、食などの生活。

エクス・マキナ

今年で言うと「ひそひそ星」も「ロブスター」も相対性理論も大好きだし、ただのSF大好きおじさんか、、と思ったらSFならなんでも好きという訳ではないらしい。大事なのはSF的表現でなく、それを超えた先で何を魅せてくれるか?という点だ。

 

そこをいくと、このエクス・マキナには目新しい点がほとんどない。神への冒涜、AIとの恋、AIの反乱、、、そんなものは火の鳥であらかた語り尽くしてしまった。

ただ上映後に思い返してみると、エヴァが男に夢中になっている、と男に思わせるための丁寧な伏線が散りばめらていて、そこは確かに上手いなあと感心した。

 

話は古典的でもいいんだけど、それを覆す演出力があれば垢抜けたのに惜しい感が目立ったな。

大自然の中で相反する機械的な効果とビジュアル、なぜか始まるダンスシーン、ボーダーライン並みに不穏を煽る劇伴と気の利いたオシャレ感は度々あるけどね。

 

役者陣ではオスカー・アイザックの百面相っぷり凄いなー。インサイドルーウィンとSW7と全部全く違う演技だもんな。

 

あと、ヌードの時に執拗に映し出されるAIたちの陰毛が非常に気になった。いやそこ必要?と思うんだけど、一見無駄な装飾をつけるのは、人間らしくいたいというAI達の願いなのか、ネイサン社長の趣味なのか、はたまたただの監督のフェチ心なのか、、、

杭瀬川の蛍

大垣の杭瀬川には毎年蛍を観に行っている

これも細雪の影響が、もはや年一の恒例になっている

 

カエルの声が響く片田舎の川のほとりに、蛍の光が宙を舞う

その光景は言葉にするより耳にするよりも幻想的で、写真にも何にも収められない

刹那的な美しさの極致か

 

人類がいなくても自然はこれだけ美しい、でもそれを美しいと感じる人の心もまた美しいと捉えても罪は少ないんじゃないのかな

蛍鑑賞、他にもいいところはあるかな?とても好きで大事にしたい時間です

ジャーマン風ゲルマン亭ドイツ家

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日本屈指の4DX環境を誇る大垣コロナの近く、田んぼの中に異様な存在感を放つ怪しい店舗は店名も怪しい、、、

しかし中に入るとれっきとしたドイツ(風)料理屋。

 

家庭菜園を営んでいるらしく、つき出しに出てくるのは大量のサラダほうれん草。これだけで野菜は充分。他のメニューもジャーマン風を名乗っているだけあって変わった料理が数多く、何度足を運んでも新鮮な味わい。

 

これってドイツ、、?と思う品も少なくないけど、料理の腕は確かで何を頼んでも美味しく何より安い。名古屋ではこの値段でこのボリュームは提供できないと思う。

 

なぜ大垣で、なぜ家庭菜園+ドイツ料理を始めようと思ったか謎が多すぎるけど、個人的には食生活不毛の土地だとずっと思っていた大垣の救世主です。オススメ!

竹亭

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伏見にある和食屋で、本当ここ狂おしいほど好き。ランチでは1000円から、鮮度溢れるとれたての魚の焼き魚・煮魚・からあげ他海鮮丼など豊富なメニューを選ぶことができます。

 

しかし何度行っても煮魚定食を選んでしまう。梅を潰しながら食べる煮汁の味が絶品すぎて、米が進む進む。こんな美味しい煮汁あじわったことない。

 

店の雰囲気から味まですべてが上品で低価格、昼時は並んでますがそれも納得の良質なお店です。

カフェ レオパード

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いかにも「インスタ載せてね」と言わんばかりの、キャッチャーさ満点の贅沢半切りメロン氷が目玉のお店

 

メロン氷は見た目のインパクトだけではなく、メロンの果肉も氷もギッシリで、味にもボリュームにも大満足。

氷の中にはバイラアイスが埋まっており、ミルクがかった氷もメロンとの相性抜群。

 

大胆なメニューとは裏腹に、意外と佇まいは個人経営のカフェらしく慎ましい。

メロン氷は数量限定らしいのですぐ売り切れてしまいそう。足を向けるには少し気合を入れないといけないけど、食べる価値は大いにあるスイーツでした◎

ヒメアノ〜ルと或る終焉

ハシゴして精神殺そうかと思ったんだけどどっちもイマイチだったね、、

シロノワ〜ル
なんか作中の森田も役者の森田も中途半端なのがそのまま作品の評価だった
重い過去を背負ったキチガイには見えないし、単純なキチガイとしてなら、でんでんとか瀧とかリリーとかのが上手いし見てて面白い
「アイドルにしては」上手いかもしれないけど、そんな甘々な評価でファンは満足なの?
森田剛ファン以外には特に用がない作品だった、吉田監督は「さんかく」がとても好きなのだけど凡作続きだなあ。


或る終焉
ますますハネケになってきたけど、これなら「愛、アムール」か監督前作の「父の秘密」のが好きかな
患者の家族を装う「虚構」と、自ら息子の命を絶ち、それが故に?離散した自らの家族の「本当」。
死に近づく患者に手を差し伸べても報われない現実の中で、繰り返されるランニング、躍動する肉体だけが確かな生命の息吹を映し出す。

そしてもう一人自らの手で患者を殺めることで息子の思い出がフラッシュバックし、家族の再生は不可能になってしまった、、
それが最後の事故に見せかけた自殺(確かに赤信号で、左手の車を確認してから飛び込んでた)に繋がってるのは分かるんだけど、それが特に大きな余韻とかには繋がらなくて残念

書いていて思ったけどクリスティアン・ムンジウ監督の作風にも似てるね
切り口が面白いから、作品のテーマ次第では秀逸な作品を作り出す監督たち
マイケル・フランコ監督もメキシコの新鋭として、今後も作品を追って行きたい

小沢健二 魔法的 2016/5/31 Zepp Nagoya

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オザケン is Comin'Back!!!!!

と高らかに叫びたい一夜だった。
小沢健二は幾つになっても小沢健二で、少年少女のバトンを我が子に渡しパパママになっても、やはり最高のステージだった。

このツアーのために書き下ろしたという新曲は7曲。新曲ツアーという割には意外に少ないな!!と思ったけど、代わりに往年の名曲の曲数が多かったので何も問題はない。

それより、この7曲がどれも素晴らしく素晴らしく素晴らしい出来栄えだったので、前までのツアーのナントカ節とか東京の街が奏でるのように実は曲がたまっているのだが、バンドで披露するに値する曲だけにだいぶ絞ったのかもしれない。(東京の〜は未だに音源化待っているんですケド?)

それは果たして大正解だし、「ライブ後には新曲たちが頭に残っていることでしょう」という彼自身の言葉が真実になるとはまさか思っていなかった。
歌詞を流したりダイジェスト演奏したりとライブ中の執拗すぎるプロモーションの効果もないとは言い切れないが、しかし素直に言って曲が良かった。
朗読もいいけど、やはりオザケンはミュージシャンですよ。この瞬間を待っていたんだよ!!


最初に披露された新曲「フクロウの声が聞こえる」からもう泣きかけた。「東京の街が奏でる」とは曲名がシンメトリーか。
宇宙からの呼びかけに応じながら、本当と虚構もないまぜにして強く今を生きていくというメッセージが、オザケンらしい強い文学性を秘めた言葉選びで歌われる。
アレンジはロックで骨太で、何よりオザの歌声がしっかり地についており、4年前よりも更に力強くなっていた。か細いあのイメージはもうない、と言い切ってもいいかもしれない。

2つ目の新曲であるシナモンを経て、球体の奏でる音楽から2曲。東京の〜までのツアーはやはりLIFEからの選曲がメインだったので、時が進んできたということかな。2曲とも曲名も忘れてたけど。

3つ目の新曲、通称サメ。大人になった小沢健二から次の世代に歌われる曲で、父親になった彼の言葉がとんでもなく良いんだ。
うろ覚えだけど
「子供が生まれた時 パパママが生まれ
少年少女はベイビーに受け継がれる」
みたいな詞を聞いた時、やっぱりオザケンだな、と思った。

それはちょっととドアノックの大合唱も鉄板すぎて良かった。しかし次の新曲「流動体について」が最高のギターロックすぎて過去は忘れてしまった。「流動体について」!オザケン史上最速のBPM!?でここまでストレートなロックンロールも史上初か!とにかくカッコいい!音源化する際もアレンジ変えんなよと訴えたいが、一連の新曲が音源化されることすら望み薄なのに我が儘言えないか、、

さよならなんて云えないよ→強い気持ちのコンビは多幸感溢れすぎてて幸せのアムール爆発しそうだった。
「左のカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも」
やはりこの詞はこの国で一番美しい歌詞だと思う。
強い気持ちは途中の早口のところがオミットされてたけど、みんなでサビを合唱してる時の幸福感ホント他にない。

5つ目の新曲は「超越者たち」(そう)とか掛け合いがあったりと狙いすましたダサさだけど、これも歌詞が良かった。ちょっと忘れちゃったけど良かった。気がした。

天使たちのシーンを歌い始めた時はスタンディングライブで10分超聴かせるとか正気かコイツ、と思いかけたけど、詞やメロディを一部書き下ろした新規バージョンで、長さも5分ぐらいに改訂。よかったー
一連の新曲を音源化する際にはこの天使たちも入れて欲しいけど、望み薄なので以下略。
せめて、せめてライブアルバムは、、

6つ目の新曲の「飛行する君と僕のために」は曲名から期待するけど、新曲の中では一番普通だった。ただ新曲の中では一番ジャズなアレンジかな、間奏のピアノ◎
ラブリーを経て、最後の新曲は「その時、愛」こっちは「我ら、時」と対か。最後の新曲は意外に普通の感じだったけど、Bメロの哀愁漂う流れるようなメロディ好きだった。
でも正直ライブ後に口ずさめるようなメロディでは、、

アンコールでは新曲のダイジェスト演奏プロモーションがありつつ、「フクロウの声が聞こえる」をもう一度演奏。
数々の新曲や過去の名曲群を聴いた後で聴くとグッと印象が変わって聴こえるの、自分の単純さが悔しいけどスゲえと思った。
アンコールは普通に考えたらハルカいるんだしブギバ辺り演ると思うわな。
本当にこの新曲が一番印象に残る一夜だった、、

そしてライブは、オザケンのこの言葉で終わり。
「最後のカウントダウンです!5..4..3..2..1..
0!さあ、日常に帰ろう。」



「人間が生きるのに必要なのは衣食住で、音楽は絶対に必要ではない贅沢品です。
しかしその贅沢品を楽しめる世界で生きていきたい」
と発したのは4年前の小沢健二だったか。
この日も贅沢に他ならない、最高の音楽の祝福を受けた夜でした。
最高に愛すべき彼の文学と音楽、また生で対面できるのは何年後か分からないけど一生聴いていたいよ。