気ままな生活

映画、音楽、読書、美術、旅行、食などの生活。

映画と現実の捉え方

映画の捉え方、感じ取り方は本当に人それぞれだ。
100人が観れば100通りの受け取り方があってよくて、だからこそ文化の表現とは面白いのだと思う。
私はこう感じた、という受け取り方の「選択」であり、それは正否の問題であってはらならないし、人に押し付けたり異を排除したりしてはいけない。

と言うのが理想なのだが、悲しいかなネット上で一番盛んなのは議論の皮を被ったこの手のやりとりである。いや、人間の歴史上、宗教の成り立ちから延々と何千年とこのやりとりを繰り返している気がするんだろうけど。


さて、文化の中では小説と映画とは近いようでその表現方法がまったく異なり、想像の余地がある領域に差異がある。
前者はすべての視覚を、後者はシーンとシーンの「間」や心理描写を想像する必要がある。
それらをすべて口で説明してしまうとダメ邦画と呼ばれてしまう。

頭脳旅行ができる小説も素敵な文化だけれど(文字列の羅列でその場面すべてを脳内に生み出し、時には涙してしまう人間の想像力はまったく素晴らしいと思う)
より現実に近いのは映画の方なのかもしれない。
人間は所詮この目に映るものすべてと自分の想像力を信じるしかなくて、他人の考えていることや世の理など一切分かりゃしないんだ。
しかしその中でも信じるに値することが一つでもあれば‥
それを絆と呼んだり愛情と呼んだり、幸せであるんだろう。


‥と、一週間前に観たリップヴァンウィンクルの花嫁を想う。
原作である小説やパンフを読んでみたいけど、映画は映画のまま、登場人物の心理などは自分の想像の範疇でとどめておきたいジレンマがある。正解を知って解釈を固定したくない。
好きな映画ほど、原作を読めない傾向にある。

と思うとやっぱり僕はこの映画を好きなのだな、と自覚する。
人との繋がり、幸せの価値観は一通りではないと、「想像」させてくれる。100人いれば100通りの現実の捉え方がある。
映画を通して、少しだけ僕らの生き方を考えさせられる、とても素敵な時間だ。リップヴァンウィンクルの花嫁。