気ままな生活

映画、音楽、読書、美術、旅行、食などの生活。

ロブスター

※今更ですが、このブログの記事は全方位的にネタバレです

華氏451ディストピア感+谷崎潤一郎の変態純愛感となると、正に文学的なSFが予想されるけど‥そこは籠の中の乙女のヨルゴス・ランティモス。単なる不条理コメディに落とし込んできてしまった。
なんでそんなことになるの?これどういう意味があるの?そもそもこの映画なにが言いたいの?の疑問はすべて無に帰す。「だってヨルゴスだもん」

笑いのツボが一番近いと感じたのはゴダールのウィークエンドで、あれのエミリーブロンテが焼死するシーンか意味不明すぎてゲラゲラ笑える人にはツボなんじゃないだろうか。
ロケ地が森なのもなんか近いし‥
「男性独りの場合」「カップルの場合」のコントとか、ベン・ウィショーの養子を罵倒して蹴り上げるシーンが、何の意味もなさすぎて笑ってしまった。

身投げを見殺しにする場面とかも哀愁とマッチして最高だし、ホテル暮らしを第1部、森でのレジスタンス生活を第2部とするなら前者は面白いんだけど、後者はユニークさが後退して減速してしまう。

それも、谷崎潤一郎を読んでいるとオチがすぐ分かってしまう‥と言うか谷崎知らなくてもあれはすぐ分かっちゃうので、予想もつかないラストのしょーもないオチだけが強烈だった前作とは正反対なのは残念。
見せ場という見せ場もないけどレア・セドゥは相変わらず顔が可愛い。


このディストピア作品は、
「人は自分と相手を欺いてでも、他人といたいのか?」
「独り身とはそんなに罪なのか?」
「逆に、孤独と引き換えにして得られる自由とは、そこまで価値があるものなのか?」
と現代人にさまざまな問いかけをしてくる。

作中では価値観を偽り、嘘の恋人生活をおくるのは欺瞞だとしている一方、自らを犠牲にしてでも相手に合わせるのが真実の愛だと訴えている節がある(いや、これは谷崎潤一郎か‥)
反体制グループが得ている「自由」とは音楽やマスターベーションに制約がないだけという鼻クソみたいなものだが、45日間寸止め状態で自慰したら手をトースターで焼かれるのはさすがにゴメンだ。
掟を破ると動物に変えられるんだけど、そもそもこんな管理社会では人間も動物も大して違いがない気もする。

そんな問いに「自分ならどうするだろうか。」と諸侯無情な自問自答をするのが普通なんだけど、このロブスターのエラいところは、真面目に取り合う意味もないところだ。
だってコメディだもの。
考察してみるのも面白そうなテーマだけど、最終的には「こんなえいがにまじになっちゃってどうするの。」と監督に嘲られそうなのがとても良いと思うのです。

まあそれでも、「人生の伴侶」という言葉の意味について、一瞬考えてみるような映画です。本当に一瞬だけだけど。


設定がブッとんでいるだけに逆に国を選ばないため、なんとなく他の国でリメイクできそうな話ではあります。
邦画でもやれそう。藤原竜也が主演してクッサいキャッチコピーとかでぶっ壊してほしい(白目)