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気ままな生活

映画、音楽、読書、美術、旅行、食などの生活。

グランドフィナーレ

映画
パオロ・ソレンチィーノ、アンタちょっとセコいよ!
この監督はエンドロールが度肝を抜くクオリティであることは前作「グレート・ビューティー」で学んでいたので構えていたのですが、このフルオーケストラは卑怯!
こんなん泣くに決まってんだろ!

でエンドロールまで観ればこの作品が観客の心に何かしらを植えつけてフィナーレを飾るのは間違いないんだけど、じゃあ本編の方はと言うとちょっと難しい。

前作同様に「8 1/2」へのオマージュ全開で始まるので、あー始まったと思っていると、中盤辺りから以外とウェットに富んでエモい群像劇が始まり、ありふれた「家族再生」の話が展開するので面食らいます。

ただそれが悪いわけでは決してなく、むしろ凄く良い。レイチェル・ワイズが独白で父への鬱憤を晴らしまくるシーンから、マイケル・ケインがシンプル・ソングを公演しない理由を他人に赤裸々に語るシーンは、「8 1/2」の現代版を観に来たぐらいの心構えとのギャップで一発で泣かされました。

一方、主題となる「YOUTH」、老いが振り返る若さという概念、スイスのリゾートホテルで療養する老人たちが人生で残してきたもの失ったもの、恋、仕事、性欲、情熱、、、
人生をどう生き抜きどう死んでいくのか?という大きな問いについては対照的に凄く曖昧なままで終わりを迎えます。
それは、人が老いることの定義が、または人の生と死の境すら曖昧かのように。

もちろん前作同様、光と影のコントラストを映し出す絵画のような映像はとても美しく、劇伴もとても魅力的で作家的映画としては完璧。
お話の方は具体的なエピソードと抽象的なテーマとの差が‥しかしその不統一性こそが本作の魅力のようであるようなないような、歯がゆい印象を持ってしまいました。

最初に述べたようにエンドロールは完璧で一見の価値は絶対にあり、楽しめた作品なんですけどね。
イタリアの新鋭、ソレンチィーノ監督作品は今後もずっとチェックだなー

余談ですが確かにグランドフィナーレという邦題のセンスのなさは最低ですが、劇中でも登場する「YOUTH」の原題を逆に印象づけるために確信犯でやってるのか‥‥?とも思ったり。