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気ままな生活

映画、音楽、読書、美術、旅行、食などの生活。

ひそひそ星

映画
嫁と2人だけの映画会社を立ち上げた園子温
その成り行きはゴダールとアンナから来ているのだと思うのだけど(ただゴダールは嫁の名前の会社で、子温はシオンプロダクションだ)
個人的にはこのひそひそ星で子温はそのゴダールと、映画のモチーフとなったタルコフスキーと肩を並べるほどの存在にまでなったと思う。
仏のゴダール・露のタルコフスキー、 日のシオン。

モノクロ映像で無理やりSFとして見せる様はアルファヴィルそのもので、核の影響を匂わせる退廃的な世界観と、室内に入り込む透き通るような水の存在感、離愁を感じる大自然の美しさ‥タルコフスキーへのオマージュを1ミリたりとも隠さないその姿勢は清々しくもある。

そして凄いのは「タルコフスキーを日本で撮影できた」ことだろう。邦画は邦画の良さがあるのは百も承知として、日本で洋画を撮れるのは子温だけかと思いたくなる。
その撮影地はあの福島で、その撮影のセンスからか、日本離れした美しさがフィルムに見事に捉えられている。
1カットだけカラーになる、タルコフスキーの「鏡」の故郷のような緑が広がる風景がとてつもなく美しい。


そして、火の鳥のように様々な星を旅した宇宙船が最後に辿り着くひそひそ星。
そこでは住人達が障子の奥で影絵のように映し出されている。
誕生、食卓、誕生日会、結婚式‥

そこに映し出されているのは、果たして本当に星の住人達だろうか?
日本に生まれ、日本で育ってきた人間達が家内で紡ぎ出されてきた幸せな「記憶」そのものではないのか?
それは人間の歴史への偉大なる賛美であり、美しい日本が、思い出が刻まれた家庭が既に過去になりつつあることへの警告でもあると思える。

美しい音楽の調べに乗るこのシーンで、とにかく泣いてしまった。泣いて泣いて泣いて、おそらく今まで観たすべての映画で一番泣いた。


基本的には映像を観て、想像を巡らせて楽しむ映画だ。タルコフスキーと同じく安眠上等なので、途中で10分は寝落ちしていたと思う。隣の人は8割寝ていた。

しかし園子温が血と暴力だけの映画監督でなく、「禁じられた遊び」のBDに対するコメントのように、愚直なまでに人間讃歌を唱える人物であると証明された一作。

この映画は哲学SFの末裔として日本で一番好きなSF映画だし、園監督作品でも一番になった。
そしてソノコフスキーならぬ園子温は、僕が日本で一番好きな映画監督だ。